2010.06.26
◎障害者ら「約束守って」
障害者の福祉サービス利用に原則1割の負担を課した障害者自立支援法。障害者らから批判を受け、鳩山前政権は「廃止」の方針を打ち出したものの、実現しないまま。関係者から戸惑いの声が上がっている。(成川彩)
3月末、奈良市古市町の知的障害者施設「こッから」に通う小山冨士夫さん(53)の表情に明るさが戻った。障害者自立支援法は生存権を定めた憲法に反するとして、国などを相手取って奈良地裁に起こした訴訟で、同法の廃止を約束した和解を勝ち取ったためだ。
施設で紙すきの仕事に携わり、月給は1万3千円。2006年に同法が施行されると、施設利用料月約4千円の負担を強いられ、一緒に買い物や夕食の準備をしてくれたヘルパーの利用も有料になった。ヘルパーをあきらめ、夕食はインスタント食品やお菓子で済ますようになり、体調不良から精神的にも不安定になった。パニック障害で過呼吸に陥るなどして、救急車を呼ぶ回数が増えた。
小山さんは「障害者だけが、働くのにお金を払うのはおかしい」と昨年4月に提訴。国は当初、争う姿勢を示した。流れが変わったのは、政権交代後の同9月。長妻昭厚生労働相が同法廃止を明言し、今年3〜4月に奈良地裁を含む全国14地裁で和解が成立し、訴訟は終結した。
廃止期限の2013年8月を待たず、今年4月から予算措置で利用料負担はゼロになった。ヘルパーを呼べるようになり、小山さんは「野菜も魚も食べられる。料理も覚えたい」と喜んだ。精神的にも落ち着きを取り戻し、他の利用者を玄関で出迎えて連絡帳を集めたり、車の乗り降りを手伝ったりするなど、職員の補助役として施設で活躍している。
ところが、5月末、再び小山さんの顔を曇らせるニュースが飛び込んできた。
議員提案による自立支援法の改正案が、衆院厚生労働委員会で可決されたためだ。新制度ができるまでのつなぎとして、支払い能力に応じた負担を求めるとの発想が残る内容で、支援法廃止の文言は消えていた。障害者やその家族もメンバーに加わる「障がい者制度改革推進会議」の議論が無視された形となった。
改正案は結局、鳩山首相の退陣に伴って廃案になったが、訴訟を支援してきた施設職員の小針康子さん(47)は「野党にすり寄って政争の具にされた」と落胆する。
小山さんは3月の和解後の会見で「国が本当に約束を守ってくれるか、ちゃんと見届けます」と力強く語っていた。しかし、今は不安が先立つ。「鳩山さんも辞めてしまって、これからどうなるのか。約束は守ってほしい」