2009.12.01
きょうされん
理事長 西村 直
2004 年1 月の介護保険制度改革推進本部の設置を機に、障害保健福祉施策の介護保険制度への統合が重要政策として急浮上し、同年10 月に「改革のグランドデザイン案」が示された。その問題意識は、現行の介護保険制度への統合に道をつけるために、介護保険の原理と枠組みを障害保健福祉施策に導入するとともに、公費抑制の仕組みを構築することだった。その結果、2005 年10 月に成立した障害者自立支援法(以下、自立支援法)は、障害に伴う支援を「私益」とする応益負担を強要するととともに、成果主義や競争原理を導入し、巧みに国庫負担を抑制した。
2006 年の同法実施直後、障害のある人とその家族・関係者は筆舌に尽くしがたい被害を受け、全国各地から悲鳴があがった。応益負担と実費負担が重く圧しかかり、生きるために必要な支援を切り詰めた人たちが数多く生じた。また施設利用の辞退者が相次ぐとともに、利用料の滞納者も急増した。さらに公費抑制によってもたらされた労働環境の悪化の中で将来の展望を見失い、多くの支援者が職場を去った。そして絶望の中で自ら命を絶つという「痛ましい事件」までもが急増してしまった。
これらの被害と悲劇は、わが国の障害者施策史に大きな傷跡として刻まれてしまった。それ故に「もっと早く自立支援法を廃止することができていたら」という痛恨の思いは、決して拭い去ることはできない。
今般、5 年余に渡って全国の当事者と関係者が粘り強く自立支援法の廃止を訴えてきたことが、新政権の政策に反映し大きく前進しつつある。私たちきょうされんは、鳩山総理大臣ならびに長妻厚生労働大臣が相次いで、同法の廃止と新法の制定を明言したことを心から歓迎する。併せて、障害のある人と家族、関係者が真に安心して地域で暮らすことを可能にするための「新しい福祉に関する法律」を、当事者参加のもとで一刻も早く創り上げるために力を尽くすことを改めて表明するものである。
その際、新たな制度を創設するにあたっては、二つの視点が重要になる。
第一に、新しい福祉に関する法律は、自立支援法の延長線上で検討すべきではない。後述するように、今般の制度改革は、障害者権利条約の批准などを視野に入れた障害者施策全般にわたる国内法の策定・改正のスタンスで臨むべきである。「手話は言語である」と定めた障害者権利条約の世界の水準と、自立支援法の理念は相容れない。自立支援法の骨格と体系は、応益負担と公費抑制を前提とした介護保険への統合方針に貫かれている。いくら修復を重ねても、貫かれた同法の基本構造を変更することはきわめて困難である。以上の理由から、自立支援法に替わる新しい福祉に関する法律の制定は、自立支援法の延長線上ではなく、そうした制度全般の改革の一つとして位置付けるとともに、最優先課題とすべきである。
第二に今般の制度改革は、先進諸国から大きく立ち遅れたわが国の障害者施策を飛躍的に前進させる絶好のチャンスである。たとえば、わが国の伝統的後進性ともいえる家族扶養への極度の依存構造の撤廃をはじめ、差別禁止法・虐待防止法などの整備、さらには、本格的な障害者雇用制度の確立などに着手すべきである。そのためにも今般の制度改革は、障害者権利条約の批准やILO159 号条約の完全実施など、大きな視野から着手すべきである。
そのためにも早期に改革の推進体制を確立し、「障害者施策の総合政策ビジョン(仮称)」のロードマップを示すとともに、その道筋に沿って当面の改善策を講じるべきである。以上の立場と趣旨から、以下、具体的な政策課題について、私たちの基本的な考え方を下記に示す。
1.「障害者施策の総合政策ビジョン」の検討についての意見
(1)検討すべき課題
障害者権利条約の批准等を視野に入れて、以下の諸政策・制度の検討をおこなう必要がある。
・自立支援法廃止後の新しい福祉に関する法律の制定(応益負担と公費抑制を前提とした介護保険への統合方針は完全に廃止する)
・障害の定義と範囲に関する制度の見直し
・ILO159 号条約にもとづく本格的な障害者雇用・就労支援制度の創設(社会支援雇用)
・家族への極度の依存構造の根拠となっている扶養義務制度の撤廃
・抜本的な所得保障制度の確立
・障害者政策決定過程への当事者参加のシステムづくり
・差別禁止法、虐待防止法等の策定
(2)検討体制とその方法
「障害者施策の総合政策ビジョン」の検討にあたっては、障害のある人や関係者の実質的な参加を保障すること。また検討過程においては、詳細な基礎データを把握するための調査の実施、当事者や関係者の直接の声を反映させるとともに国民の理解をひろげるために、地方公聴会や討論会・シンポジウム等を開催すること。
(3)自立支援法廃止後の新しい福祉に関する法律制定のスケジュール
自立支援法の廃止と新しい福祉に関する法律の制定は、最優先課題として位置付け、2012年3 月までに自立支援法を廃止し、新しい福祉に関する法律を4 月に施行するスケジュールで検討をすすめること。そのため2010 年4 月までには、「障害者施策の総合政策ビジョン」策定の全体像とロードマップを示し、とくに新しい福祉に関する法律の制定にむけての詳細な課題とスケジュールを優先的に明らかにすること。
2.2010(平成22)年4 月に実施するべき事項について
前述の「障害者施策の総合政策ビジョン」の策定に沿ったロードマップを示し、その道筋に沿った当面改善に必要な施策について、2010 年(平成22 年)度に実施すること。
(1)応益負担の廃止
応益負担は一旦廃止し、精神障害を同じ枠組みに組み入れた上で一旦は支援費制度時代の応能負担に戻すこと。その際、これに伴って負担が増える人がでないよう、適切な配慮を行うこと。
・旧法の授産施設や自立支援法の就労系事業等、働く場での利用料は無料とすること。
・収入認定は本人のみで行うこと。また、資産要件は導入しないこと。
(2)実費負担について
給食費などの実費負担についても、一旦は支援費制度時代同様に廃止すること。
(3)日払い方式について
報酬の日払い方式を廃止し、月払い方式を基本とすること。その際、利用者が希望する場合には複数の事業所を利用することを妨げない仕組みを構築すること。
(4)報酬の抜本的増額について
報酬については、現行の複雑多岐にわたる加算を本体報酬に組み入れた上で、抜本的に増額すること。
(5)障害程度区分の見直し
知的障害や精神障害等の障害特性に応じた認定基準の見直しをおこなうこと。
(6)小規模作業所と地域活動支援センター問題の解消について
新しい福祉に関する法律の制定に伴って、改めて事業体系の再構築をおこない、その中で小規模作業所や地域活動支援センター問題の解決をめざす。
ただし当面の対応策として、地域活動支援センターへの補助金を法定事業に見合った水準に引き上げるための特別な手立てを講じること。
(7)その他
第171 通常国会で廃案となった障害者自立支援法改正案の中で、障害の範囲の見直し、相談支援の充実、移動支援の義務経費化などについては実施に移すこと。
意見陳述:副理事長、政策・調査委員長 斉藤 なを子
政策・調査副委員長 小野 浩