2012.08.24
障害に対する差別と偏見にもとづく大阪地裁判決に対する抗議声明
2012年8月24日
きょうされん常任理事会
7月31日の朝刊は、「発達障害、求刑超え判決」、「再犯恐れ、長く刑務所収容を」などの見出しが躍った。それらは、昨年7月に姉を刺殺したとして、殺人罪に問われた42歳の被告に対する、7月30日の大阪地裁一審判決についての報道である。同判決は、犯行動機の形成にアスペルガー症候群が影響しているとしながらも、同症候群の影響によって、量刑を考慮することは相当でないとして、検察官の求刑の16年を超える懲役20年という判決を言い渡した。求刑を上回る量刑はきわめてまれではあるが、裁判員制度が始まってから増えているともいわれている。
判決の要旨では、被告が「いまだ十分な反省に至っていない」原因についてもアスペルガー症候群の影響を認めながら、「いかに精神障害の影響があるとはいえ、十分な反省のないまま被告人が社会復帰」すると、同様の犯行に及ぶことが心配されるとともに、社会で被告のような「精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されておらず、その見込みもない」ため再犯の恐れがあることを理由に、「許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深め」ることが、「社会秩序の維持にも資する」とされた。そして、殺人罪の有期懲役刑の上限である20年という重い量刑が下された。
この判決には3つの問題点がある。
第一に、量刑を決定する大きな要因として障害を挙げたことである。しかも再犯防止と社会秩序の保全を理由とした、求刑を超える量刑は、偏見と差別に満ちた判決としかいいようがなく、怒りを禁じえない。現在、政府は、国連の障害者権利条約の批准を目標に、欧米諸国ではすでに立法化されている「差別禁止法」の制定の検討をすすめている最中にある。また千葉県をはじめ、熊本県、さいたま市、八王子市などでは「差別禁止条例」が制定され、他の自治体においても条例制定の動きをみせている。今回の大阪地裁の判決は、こうした流れに逆行するものといわざるを得ない。
第二には、裁判の経過ならびにその結審としての判決要旨においても、アスペルガー症候群についての正しい理解や検討を加えた経過がみられない点である。発達障害の特徴やそれに対する必要な人的・社会的な支援、合理的な配慮のあり方などの視点から、被告とその家族に対する客観的な審理が行われた形跡もみられない。障害に対する専門的な理解を欠いたまま、事件の背景や真相を明らかにすることはできないはずである。被告とその家族を不幸な結果に追い詰めた根本的な原因は明らかにされたのか。また30年にも及ぶ在宅状態が社会的に放置されてしまった原因は明らかにされたのか。こうした審理を抜きにして、今回の事件の真相に迫ることはできないはずである。
第三には、社会に受け皿がないということと、社会秩序の保全という時代錯誤の結論の問題である。受け皿がないという理由から、最大上限の懲役20年が課せられるということは、障害の有無や社会環境によって量刑が左右されるということになる。この判決理由に対して、厚労省がまったくコメントや反論を発表しないことも情けない限りである。発達障害者支援法を制定し、障害者自立支援法でさえも発達障害を対象とした。また罪を犯した障害のある人の社会復帰のための地域生活定着支援センターがすべての都道府県に設置されているが、今回の判決はこうした社会資源をまったく考慮していない。
事件はきわめて痛ましい悲劇であり、二度と繰り返してはならない。だからこそ裁判所は、慎重な審理と専門的な知見からの原因究明に力を注ぐべきであった。今回の大阪地裁の判決に対して多くの障害団体が抗議声明を公表している。また日本弁護士連合会は、裁判の結論が出ていない8月10日に、きわめて厳しい「会長談話」を発表している(判決から2週間の控訴期限までに控訴がなければ判決が裁判の結論となる)。8月11日には、被告の弁護団は控訴の申立をおこなった。今度こそ、人権の砦たる司法の名にふさわしい慎重かつ科学的な審理がおこなわれることを期待して、注視していきたい。
発達障害者支援法では「発達障害者の福祉について理解を深め」、「発達障害者が社会経済活動に参加しようとする努力に対し、協力する」ことを国民の責務と定めた。また、昨年改正された障害者基本法でも「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」の実現に寄与することが国民の責務とされている。
この事件に、多くの障害のある当事者、家族、関係者がショックを受け、自分のことのように心を痛めている。しかし、今回の判決に疑問を投げかけている市民やマスメディアも少なくない。肩身の狭い思いに駆られることもあるだろうが、どうか胸を張って生活してもらいたい。きょうされんは引き続き、当事者を中心にしながら関係者がともに手をたずさえて、運動を推進していくことをここに表明する。