2009.05.19
「権利主体としての障害者」の地域生活を支える法体系は
障害者自立支援法改正案の検討から
日本障害者協議会
2009年5月19日
2006年4月の障害者自立支援法施行から3年を経て、今年3月31日に「改正案」が閣議決定され、国会での審議が始まろうとしています。この間、障害当事者・家族の生活はさらに厳しさを増し、「否定される命」と言われる状況が復活してしまった、この法律は障害を個人の責任に帰した、などと批判されます。障害者自立支援法は、憲法14条の「法の下の平等」に反し、25条の「生存権」を侵害するとして、昨年10月31日には29名、今年4月1日には、さらに28名が訴訟を起こしています。
日本障害者協議会(JD)は一貫して、「単なる見直し」や「法の枠内論議」に留まらない、「抜本的・解体的見直し」を視野に入れた論議が必要であると主張してきました。ここでは改正案の課題を以下の6つの視点に整理し、障害者自立支援法のみならず、これからの制度や法体系そのものを検討すべきと考えます。
1. 利用者負担と事業者報酬
障害者自立支援法の最大の課題と言われたのが、1割の利用料を課す「応益負担」です。また、利用料に連動する事業者の報酬単価も低く抑えられ、月額計算から「日額計算」へと変わりました。この結果、費用負担が重く、サービス利用を控えざるをえない障害者の生活の質は著しく低下しました。
サービス提供者も事業運営は困難を極め、閉鎖や縮小に追い込まれた所も少なくありません。低賃金・重労働が加速され、若者の「福祉離れ」は一気に進み、福祉人材の確保・養成は「壊滅的な打撃」を受けました。
「福祉財源の抑制」という新法の目的は、見事なまでに達成されたのです。それはすなわち、国際障害者年を機に積み上げてきた、障害がある人の尊厳や自己決定を尊重する地域の暮らし、それを支える基盤が根本から脅かされ、くつがえされてしまったことにほかなりません。
改正案では、「応益負担を応能負担に」という大きな転換が示され、これは障害者運動の成果であると言われます。しかし、昨年12月の障害者部会の「報告」に、「相当程度応能負担的な性格のものに変わってきている」との記述があります。この時点の認識からも、改正案では「応能負担」と呼び方を変えただけで、実質は何も変わらないということにもなりかねません。
そもそも十分な所得保障がない障害者に利用料を課す、食事や排泄など、「生きるための当たり前の営み」への支援を「利益」とみなすという、この法律の前提に大きな矛盾があることを主張し続けなければなりません。
また、改正案では事業所の安定的な運営や収入については何も触れておらず、日額計算はそのままです。障害特性を配慮し、自己決定を尊重した、質の高いサービスを提供するには、やはり日額ではなく月額計算に改めることが必要です。日額計算の根拠とされる、「多様なサービスの選択につながる」との指摘は、まさに「詭弁」そのものです。
選択を狭めている最大の原因は社会資源の乏しさです。選択したくとも限られたサービスしかないのです。利用者のニーズに応える多様な社会資源を整備するためには、事業所の安定した運営が前提であり、月額計算はその必要条件であると言えるでしょう。
さらに、5.1%という報酬アップも、就労移行や地域生活への移行など、明確な成果が出た支援にのみ手厚く、障害が重い方の日中活動や就労継続の支援などは単価が低いままです。こうした「成果主義」ではなく、障害がある本人の生き方や自己決定に基づく個別支援の確実な実践こそが評価されるべきです。
また、今回の改定でも、全労働者の平均賃金を大きく下回る給与水準であり、「良質な人材確保」は困難と言わざるをえません。大幅な障害関連予算の増額が必要であり、それにより社会基盤の整備を進めていくことが求められます。
この応益負担や日額計算の導入は、「介護保険との統合」を視野に入れていたからだということを再確認しておくことも必要です。この「統合問題」に関しては、障害者の自立と社会参加の制約が危惧されるなどから、JDは「現状の介護保険との統合には問題が多い」との立場に立っています。
今回の改正案では、「介護保険法との整合性を考慮した仕組みを解消し、障害者福祉の原点に立ち返って抜本的な見直しをする」ことが強調されてはいます。財源確保と合わせ、社会保障制度全体の枠組みのなかで検討することが求められ、この際、わが国の障害福祉予算がOECD諸国の中でも極端に少ないことを踏まえておくことも重要です。
2. 障害の定義と範囲、障害程度区分
障害者自立支援法の附則第3条では、「障害者の範囲」の見直しが明記され、参議院の付帯決議では、「発達障害・難病などを含め、サービスを必要とするすべての障害者が適切に利用できる普遍的な仕組み」へ向けた検討が求められていました。
従前から日本の障害者の定義は狭く限定され、障害関係予算が抑えられていることが指摘されていました。また、機能的・医学的な側面を重視した「障害」認定であり、環境との関係や生活場面での支援の必要性という視点に乏しく、発達障害や難病などの課題は残されたままでした。
改正案では、「発達障害者が障害者の範囲に含まれることを法律上明示」することが示されました。しかし、与党プロジェクトの見直しで「範囲」とされていた高次脳機能障害は、「通知等で明確にする」にとどまり、難病については全く触れられていません。現行の身体障害者福祉法では、腎臓や心臓の機能障害は「範囲」に含まれ、肝臓の機能障害や重症筋無力症などは除外されているという大きな矛盾があります。
疾患や機能障害の違いで差別し、狭間を作っている制度は早急に改めることが必要です。さらに、従来からの懸案である、知的障害の定義についても何の方向性も示されていません。「抜本的見直し」とはほど遠い内容で、障害によるサービス格差はさらに広がると考えられます。
また、介護保険法との統合を前提とする障害程度区分の判定は、機能障害に重きが置かれ、知的障害者や精神障害者の行動特性が反映されないコンピューター判定であると批判されてきました。それゆえ、法制定前から、「生活場面での支援の必要性」を的確に評価し、その結果に基づいて支給決定がなされるべき、との課題が指摘されていました。
改正案では、名称も「障害支援区分」に変え、障害の多様性や心身の状態に応じて必要とされる支援の度合いを示す区分とすることが提案されました。評価できる方向性ですが、そのためには、「支援の必要性」を明らかにする新たなシステムの開発が求められます。相談支援事業の充実・強化、およびニーズ評価専門職の育成と権限付与、さらにサービス利用障害者の意見表明の仕組みの確立が必要となります。
そして、客観的な評価基準の確立にあたっては、確実な実践を積み重ねるなかで、従来の方法にとらわれない柔軟な検討が求められます。欧米で実施されている支給決定システムが、日本で不可能なはずはありません。
3.相談支援事業と地域生活支援
相談支援は地域生活支援事業の必須事業と位置づけられています。しかし、相談の拠点や担い手の資質に地域格差も大きく、障害者の地域生活を左右すると認識されながらも、具体性・実効性を欠いていたと言わざるをえません。
昨年12月の障害者部会の報告では新たな提言が盛り込まれ、今回の改正案でも注目される方向性が示されてはいます。中心となる総合的な相談支援センターを市町村に設置する、自立支援協議会の法律上の位置づけを明確にする、支給決定前にサービス利用計画を作成し対象者も拡大する、などは期待されるところです。
最大の課題は相談支援事業の担い手の資質が担保され、必要な権限が付与されるか、にかかってくると思われます。昨年12月の「報告」でも指摘されているように、ピアサポートの活用やセルフマネジメント・エンパワメントの実践を重ねるなど、当事者との協働がますます重要になってきます。このような人材の確保・養成のためにも資格化の検討や研修システム、待遇などについて更なる検討が求められます。
そして、自立支援協議会が地域ネットワークの構築に確実に機能するか否かが問題です。ますます市町村の役割が重要となり、都道府県のバックアップ体制が問われます。地域性を尊重しつつ、相談支援事業を確実に進展させていくなかで、地域の社会資源の整備、特に障害者のニーズに的確に応えるサービスの拡充や開発を進めるために、モデル地区の設定などが求められます。
4.所得保障と就労支援
自立支援法の成立時、附則第3条では「所得保障」を見直しの最優先課題と位置付けていました。今回の改正案では、所得保障について一言も触れられていません。財源確保の難しさから先送りされたと考えられます。2月の与党プロジェクトの「抜本的見直し」では、障害基礎年金の増額も提案されましたが期待はずれに終わりました。
また、わが国には先進諸国に例のない「無年金障害者」が多数存在し、10年以上に及んだ訴訟は、今年3月17日の最高裁判決で終結となりました。一連の判決内容からも、障害者の所得保障の確立については、立法府の責任において取り組むべきとの司法判断が出されています。今回の改正案でも何ら改善策が示されていないことについて、これ以上看過することはできません。
「障害者も働ける社会に」という理念と、この間の就労移行の進展は評価できます。しかし、給与だけでは生活が成り立たない人もいますし、雇用に結びつかない障害者も数多く存在しています。国際的な流れからすると、障害者自立支援法の「自立」や「働くこと」は極めて狭く限定されていると言わざるをえません。ILOの勧告や条約で定められた「保護雇用」の具体化などについて、わが国でも真摯に検討していくことが求められます。
JDは、2007年6月に「障害者の所得保障と就労支援に関する2007年提言」を発表しました。「所得保障政策の基本的な考え方」として、
1.成人期障害者に対する家族の扶養義務制度の廃止
2.障害者であるか否かにかかわらず、勤労所得が最低生活水準に満たないすべての者に対応する、基礎的で普遍的な所得保障制度を確立
3.障害ゆえの特別経費は個別的なニーズに基づき保障
の3点を指摘しています。移動支援や情報保障など、障害に固有なサービスに係る経費は、生活保護基準に上乗せして保障すべきと考えています。財源が厳しい時代だからこそ、最優先すべきは国民の「生活の安定」であると考えます。失業率が著しく高まり雇用環境が厳しさを増している現状から、社会保障の全体的な枠組みを検討するなかで、障害者の所得保障についても早急に方向性を示すことが求められます。
5.障害のある子どもの福祉
障害者自立支援法は「年齢を超えた一元化」をうたい、障害のある子どもの福祉もその給付体系のなかに組み込みました。結果として、自立支援法のさまざまな問題が、そのまま子どもにも及ぶことになったのです。昨年12月の「報告」では、子どもの福祉は自立支援法になじまないという意見を取り上げ、児童一般施策との連携のもと、児童デイサービスや保育所での支援、放課後の支援などが「児童福祉法改正」として予定されています。
改正案の具体的な問題としては、まず補装具や育成医療について何の改善策も示されていない点が指摘できます。さらに、児童福祉法改正案によって、障害児分野始まって以来といえる施設と制度の再編が予定されています。
通園・入所それぞれの障害児施設について、障害種別を一元化し、通園施設と児童デイサービスを「通所支援」と一体化することが提案されています。実施主体を市町村とし、アクセスしやすい仕組みをつくるとしていますが、施設の一元化によって、子どもに必要な支援の質が高まる保証があるとは思えません。サービスの質を高め利用しやすい施設とするためには、まず、地域間格差の是正が求められ、そのための量的整備計画と児童福祉施設の最低基準を改善することが必要です。
6.障害者権利条約の批准と新たな法体系の確立
2008年5月3日、障害者権利条約が発効し、わが国でも批准とその前提となる国内法の整備が検討されています。当事者中心で成立した条約の理念を具現化するためには、障害者基本法の改正にとどまらず、障害者差別禁止法の制定などが必要となります。こうしたなかで、障害者自立支援法の矛盾や課題を改める機運も高まっていくことでしょう。
JDは、国際障害者年日本推進協議会として誕生した30年ほど前から、障害種別を超えた「障害者総合福祉法」の制定を主張してきました。今の国際的な流れからは、「障害者権利保障法」「社会サービス法」などの名称がふさわしいでしょうか。条約の批准と、その理念の実現のためには、「障害者自立支援法の改正」といった枠を超え、障害者の地域生活支援に関わる法体系の再編成が求められます。
条約が主張するように、「権利主体である障害者」が、その自己実現と地域での自立を達成するために、必要な支援を明確に位置づけた法律の制定にこそ、エネルギーを費やすべきです。そして、このなかにモニタリング機関の設置など新しい視点も位置付け、障害当事者の役割を明確にすることも必要です。こうした検討を重ねることが、「法の枠内論議」に留まらない、「抜本的・解体的見直し」を実現することになるはずです。
以上、改正案についての見解を、ポイントを絞って整理しました。改正案では、新たな視点や評価できる方向性も示されてはいます。しかし、
1.障害者の定義と範囲
2.福祉人材の確保や安定した事業運営
3.所得保障制度の確立
4.障害関連予算の拡大
など、重要な案件ほど手つかずのままと言わざるをえません。これは財源確保の見通しがつかないからだと考えられます。「介護保険との統合」、といった論議が再燃することも十分予測されます。我々は今後、障害者福祉に焦点を置きながらも、社会保障制度全体、わが国の今後を見据えるという視点で、法体系そのものの在り方を考えていかなければなりません。
以上