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ようやく私たちの声が国に届いた――。福祉サービスの利用に応じて障害者に原則1割の自己負担を課す障害者自立支援法は違憲として負担の廃止を求めた訴訟の原告・弁護団と国が、同法を廃止し、新しい福祉制度をつくることで合意して1カ月が過ぎた。原告はおおむね評価しながらも、「地域で安心して暮らすにはなお課題がある」と中身の論議に注目している。(森本美紀)
◇地域支援なお課題
基本合意では、支援法廃止までの「当面の措置」として、福祉サービスと車いすなどの補装具の購入や修理について4月から、低所得(市町村民税が非課税)の障害者の負担をなくすことが盛り込まれた。14地裁に提訴した計71人のうち65人、全国では、サービス利用者の8割弱の約39万人が対象になる見込みだ。
だが、和歌山市の大谷真之さん(35)は課税世帯のため、重度訪問介護の月9300円の負担はなくならない。地域で自立して暮らすことを願う障害者を支えたい、と現在ヘルパー派遣事業所を運営しているが、経営は厳しく、生活は楽ではない。
それでも合意に応じたのは、「無料になる人が増えるのはうれしいし、裁判で勝訴する以上の成果」と思ったからだ。
合意文書には、「新法の制定に当たっての論点」として、支給量(サービスの利用時間)の保障が明記された。原告でただ1人、自己負担の撤廃だけでなく、支給量の上乗せを訴えていた。
「やっと障害者の声を国がきいてくれた。支援法によって苦しめられ、廃止を求めて闘ってきた日々を思い出し、涙があふれた」
生まれつきの脳性まひで、手足が自由に動かせず、家でも車いすの生活。小中学校時代は肢体不自由児施設で暮らした。念願だった一人暮らしを始めたのは8年前。何を食べるか、いつだれと会うか、自分で決断してやりたいことをやり、近所の人とあいさつを交わす日々に喜びを感じてきた。
今の生活を続けていくのに、食事やトイレの介助をしてくれるヘルパーの支援が欠かせない。市の決定により、現在利用できるのは月190時間。毎日朝と晩に来てもらっているが、土日の晩は1時間短くせざるを得ず、入浴を控えてトイレを我慢する時間も長くなっているという。
「僕の望みは、当たり前の生活をすること。将来は結婚もしたい。そして、幸せやったと思って死んでいきたいだけなんです。障害があるために何かを我慢しなければならない社会を変えていきたい。障害者の声を取り入れた法律ができるかどうか。これからが本当の闘いです」
◇柔軟な仕組み望む
大阪府堺市ではり治療院を営む土屋久美子さん(44)は、市民税が非課税のため、4月から、月36時間利用している居宅介護(ホームヘルプ)の自己負担、月3千円が無料になる見通しだ。
生まれつき目が見えず、料理や掃除、書類の読み書きなどをヘルパーに依頼する。収入は障害基礎年金と治療院の収入で月15万円ほど。高校生の子どもの学費や、自身が外出する際の移動支援(ガイドヘルプ)代などもかさみ、余裕はない。「たとえ3千円でも家計には大きい。当たり前の生活をするのに必要な支援にまで負担を課すのはおかしい、と国がわかってくれたことがうれしい」
ただ、市から支給されている利用時間では不足するため、金曜午前の3時間は、別の事業所のヘルパーを依頼している。費用は実費で、月約1万円。負担が重く、土日の利用は控えざるを得ないという。
外出の際の移動支援も、利用できるのは月50時間まで。英会話などの趣味を控えるしかない。月4千円の自己負担も払わなくてはならない。「美容院にも行きたいし、旅行にも行きたい。それなのに家にいなくちゃいけないのは納得できない。生活の実情に応じて利用時間を決められる仕組みにしてほしい」
◇個人で収入認定を
東京都の原告、障害者団体に勤める家平悟さん(38)は、自分一人だけなら「非課税」だが、共働きの妻(36)が課税者で、「課税世帯」とみなされるため、4月からの無料化の対象にならない。
家平さんには重い身体障害があり、首から下はほとんど動かない。毎日、朝と晩に食事や着替えなどのホームヘルプを利用し、外出にはガイドヘルパーを伴う。こうした支援にかかる自己負担は月に計1万8600円。車いすなどの修理代も「非課税」なら無料になるが、課税世帯では上限月額が3万7200円。4歳と乳児の息子2人の教育費など、将来への貯金もままならない。
「身の回りのことは最低限、自分でやるという思いで結婚した。障害の負担を家族にまで押しつけるのは、『家族に面倒をみてもらえ』というのと同じで、自立支援にはつながらない。訴訟の真の意味での勝利は新法ができたときだ」
◇「尊厳傷つけた」国が反省・新法制定明記 国との「基本合意」、弁護団が意義強調
国は基本合意文書のなかで、支援法により「障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたこと」に対し、反省の意を表明し、2013年8月までに支援法を廃止し、新たな福祉法を制定することを明記した。
さらに、原告・弁護団からの指摘を踏まえた「新法制定に当たっての論点」として、支給量の保障や障害者本人だけでの収入認定に加え、介護保険の優先原則を廃止する▽施設の食費などの実費負担を見直す▽支給決定の過程に障害者が参画する――などを挙げた。
全国弁護団の藤岡毅・事務局長は「違憲訴訟の趣旨に正当性があると国家が認めた」と合意の意義を強調。「サービス利用に原則1割の自己負担を課す『応益負担』の廃止だけでなく、新法作りにも影響を与える内容で勝訴と同じ意味を持つ」と受け止める。
訴訟は、14地裁で順次和解が成立する見通し。原告・弁護団は今後、政府の「障がい者制度改革推進会議」で予定されている新たな福祉制度の議論に意見が反映されるよう働きかけていく。厚労省との定期協議では、自立支援医療の1割負担の廃止や、自己負担を理由にした施設退所者の実態調査などを求めることも検討している。
14人の原告が自己負担の撤廃を求めている移動支援については、各地の原告・弁護団らが事業主体の各市町村に原則無償化を要望していくという。